頂いていたメッセージから。
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こんにちは! いつも理知的、かつ筋の通った考えを聞かせて頂きありがとうござます。
最近は時代がスピリチュアルや波動に理解を示し始めて良い事だと思います。その中には、傷ついてたり悩んでるのは波動が低いから軽蔑する、傷があるのは失格、まだ悩んでる人間というのはアセンションの足を引っ張る存在、という態勢のティーチャーがちらほらいて色々考えさせられます。 誰しも悩みや痛みを抱え、それを高波動や光へ還る人生となると思いますし、かつて(またはずっと)波動を上げるためにもがいているのが私達でもあるので、悩む人への無理解と軽視は如何なものかと感じています。 ハッピー!ハッピー!ハッピー!なのが真のスピリチュアルなのだ!自分が波動を上げたいから悩める人を軽蔑するのだ!という流行りの風潮なのか分かりませんが、釈迦を見ても分かるように本当のスピリチュアルはもっと穏やか平穏なのでは?と感じます。かつ、闇をも受け入れる度量や、闇を光に変えてしまう転換力なのでは感じてしまいます。 江上さんは最近の悩める人は軽視するハッピーでいればいい教のスピリチュアルについてどう感じますか?まるで人間の当たり前の感情さえもルールで否定したり、理解を示すどころか断罪しているような指導者がたくさんいるという状態に疑問ばかりです。
何かネタが無い時にでも、気が向いたら思うことなどをお答えしてくださると嬉しいです(笑)
応援しています(^^) メッセージありがとうございます^^
こういうのは カルト宗教によくある特徴と同じです。
前提が終末思想なので、 「足を引っ張る人」という分類ができます。
そこにプライドが入り込むと 導く立場の人が、生徒・一般信徒を非難する、
ということが起こります。
実際のところ、
教えの前提そのものが誤りなので ただの遊びでしかないのですが、
それを言っても すぐには分からないし 本人たちは信じ切ってるので 彼らには通じません。
>ハッピー!ハッピー!ハッピー!なのが真のスピリチュアルなのだ!
こういうのは、
1970年代に流行った 「自己啓発セミナー」と同じ雰囲気です。
ネガティブであることを否定するという 逆説的なネガティブ 笑
ちなみに、
ここを全面肯定して 「●●殺してやる−!」とか叫ばせて ウケているスピ系も、あるようですが。
ともかく、
質問で指しているようなものは、
スピに分類されるだけで、 中身は低レベルなブラック企業研修と変わりません。
一方、
スピリチュアル、ということの かんたんな本質は、
「善」
です。
善を選ぶ、ということ。
恐れではなく 愛を選ぶ、ということ。
表現はいろいろですが 同じことです。
神や天や仏のかわりに 「光」を使うから、
肝心なことを忘れて おかしなことになるんです。
少なくとも 日本人には「光」のイメージがわかりません。
キリストの別名としての光、 「世の光」という表現、
つまり、 光=神=愛。
そうした、 欧米では子供でも分かる前提知識がないので、 light を 光に翻訳しても無駄です。
まあ、本家のアメリカとかでも 結局事情は同じなのですが・・・
ともかく、
足を引っ張るからと生徒を非難するのは あきらかに善ではありませんね。
諭しのために叱るならわかりますが、 そういう感じではないようです。
教師としては 未熟と言わざるを得ません。
仏教だろうが キリスト教だろうが イスラム教だろうが、
主要宗教、
そして多くの哲学は、
善であることの大切さを説いています。
つまりこれは、
一般道徳レベルのお話しで、
そこすらクリアしてない 「お粗末なカルト」が、
アセンションとか言ってるスピ系です。
時間のムダなので 無視して下さい